ヘミングウェイ『老人と海』について(2) 全6回

老人は言う。

  "I am not religious," he said. "But I will say ten Our Fathers and ten Hail Marys that I should catch this fish, and I promise to make a pilgrimage to the Virgen de Cobre if I catch him. That is a promise."

  He commenced to say his prayers mechanically. Sometimes he would be so tired that he could not remember the prayer and then he would say them fast so that they would come automatically. Hail Marys are easier to say than Our Fathers, he thought. 

  "Hail Mary full of Grace the Lord is with thee. Blessed art thou among women and blessed is the fruit of thy womb, Jesus. Holy Mary, Mother of God, pray for us sinners now and at the hour of our death. Amen." Then he added, "Blessed Virgin, pray for the death of this fish. Wonderful though he is."

(「自分には宗教心がない」と老人は言った。「しかしこの魚を捕えられるなら、『我らの父』を10回、そして『アベマリア』を10回言おう。もし捕えられたら、コブレの教会に巡礼することを約束する。それは約束だ」 

 老人は機械的に祈りを言い始めた。時には、疲れて祈りを思い出せないこともあったが、その時は、祈りが自動的に出てくるように早口で言ったものだった。『我らの父』よりよりも『アベマリア』の方が言い易い、と老人は思った。

  「恩寵(おんちょう)に満ちたマリア、主はあなたと共におわします。女の中であなたは祝福され、あなたの母胎の果実であるイエスは祝福されています。神の母、聖マリア、私たち罪人(つみびと)のために今、そして死の時にも祈り給え。アーメン」 それから老人は付け足した。「聖母マリア、この魚の死のため祈り給え。奴(やつ)は素晴らしいけれども」)

 この独白からも、老人に信仰心が無いことがよく分かる。老人にとって宗教は「困ったときの神頼み」でしかない。

"I could not fail myself and die on a fish like this," he said. "Now that I have him coming so beautifully, God help me endure. I'll say a hundred Our Fathers and a hundred Hail Marys. But I cannot say them now."

  Consider them said, he thought. I'll say them later.

(「このような魚で失敗して死ぬわけにはいかない」と老人は言った。「これほど見事に奴を手繰(たぐ)り寄せているのだから、神は私を耐えさせてくれる。『我らの父』を百回、『アベマリア』百回言おう。でも今は言えない」

 それらが言われたとしておこう、と老人は思った。後で言おう)

 こんな信仰の薄い老人であるから、宗教を通して<罪>とは何かを考えることなど能(あた)わない。

 また、時代が変われば<罪>の意味も変わるという問題もある。ヘミングウェイはしばしば「失われた世代」(Lost Generation)の代表的作家であると言われる。「失われた世代」とは、第1次世界大戦を経験することによって従来の価値観が崩れ、自堕落に陥ってしまった世代のことを指す。そんな世代が<罪>とは何かについて沈思黙考できはしないのである。

 さらに、国が違えば<罪>の意識も違ってくる。文化、歴史の違いと言ってもよい。アメリカはヨーロッパの柵(しがらみ)を逃れようと打ち建てられた国であるから参照すべき価値観がない。<罪>とは何かなどと考えること自体が後ろ向きであり、むしろ建国の精神に反すると言うべきである。老人も言うように、Every day is a new day でなければならないのである。【続】

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