オークショット「歴史家の営為」(3)歴史小説は史実に基づくものではない

「観照的」態度…これは、いわゆる「歴史」小説家の作品に例示されている。「歴史」小説家にとって、過去は実践でも科学的事実でもなく、単なるイメージを蓄えた倉庫である。例えば、トルストイの『戦争と平和』においてナポレオンは一個のイメージなのであって、彼について「ナポレオンはどこで生まれたか」、「ナポレオンは本当にああいうふうだったか」、「ナポレオンは実際にこうしたのか、ああ言ったのか」などと尋ねるのは適切でない。それは、シェークスピアの『十二夜』におけるイリリアの公爵オーシーノウについて同様の質問をするのが不適切なのと同じことである。(オークショット「歴史家の営為」(勁草書房)、p. 175)

 歴史小説家は、歴史の中に題材を求めているだけであって、歴史を探求しようとしているわけでもなければ、小説という手段によって世間の歴史意識を高めようとしているわけでもない。詰まり、史実に関しては「無責任」だということである。

《「幕末に大活躍した」というイメージが世間に広まっている坂本龍馬。司馬遼太郎の『竜馬がゆく』などの小説を読んで、「薩長同盟を締結できたのは龍馬がいたからだ」「大政奉還の立役者だった」と思い込んでいる方も多いかもしれません。

 しかし歴史学の観点に立つと、実態はぜんぜん違います。上記のような彼の業績とされるものは、あれもウソだ、これもウソだといった感じで、「ほとんど真実がない」と言っても言い過ぎではないでしょう》(加来耕三「坂本龍馬の伝説はウソだらけ 「幕末に大活躍」は間違いだった」:日経ビジネス 2022.4.4)

Since 'the past', as such, cannot appear in 'contemplation' (this attitude being one in which we do not look for what does not immediately appear), to 'contemplate' past events is, properly speaking, a dependent activity in which what is contemplated are not past events but present events which (on account of some other attitude towards the present) have been concluded to have taken place. 

To remember ,and to contemplate a memory, are two different experiences; in the one past and present are distinguished, in the other no such distinction is made. In short, just as when an object of use (a ship or a spade) is 'contemplated' its usefulness is neglected, so when what in another attitude would be recognized as a past event is 'contemplated', its pastness is ignored. -- Michael Oakeshott, The activity of being an historian: FOUR

(「過去」それ自体は、「観照」(この態度は、直に現れないものを探さないものである)に現れ得ないので、過去の出来事を「観照」することは、正しく言えば、観照されるものが過去の出来事ではなく、(現在に対する何か他の態度のために)起こったと結論づけられた現在の出来事である依存的営為なのである。

記憶を思い出すことと記憶を観照することとは、別の経験である。前者は過去と現在が区別されるが、後者はそのような区別はない。要するに、使用する物体(船や鋤(すき))が「観照」されるとき、その有用性が無視されるように、別の態度では過去の出来事と認識されるものが「観照」されるとき、その過去性が無視されるのである)

 歴史小説は、歴史を題材とした「作り話」であって、ここから歴史的意味や教訓を汲み取るのは馬鹿げている。例えば、日清、日露までは良かったが、その後、日本は道を誤ったとする司馬遼太郎氏の歴史観「司馬史観」は、必ずしも歴史的事実に基づくものではなく、単なる司馬氏の主観でしかない。ここを読み間違えてはならない。

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