アダム・スミス「公平な観察者」について(13)アダム・スミスの試み

《『道徳感情論』においてスミスが試みたことは、一言でいえば、道徳性の基礎を、人間の自然な感情から導き出すことであった。これは、当時の通俗的な見解、ひとつは、道徳をキリスト教という絶対的倫理から導くというやり方とも、また道徳の基礎を、人間理性に求める啓蒙主義的な思考とも異なるもので、これらと対比させてみれば、相当にユニークでかつ斬新的な試みであったといってよいだろう》(佐伯啓思『アダム・スミスの誤算 幻想のグローバル資本主義(上)』(PHP新書)、p. 60

 時は、宗教的観念の中に位置付けられてきた道徳が、啓蒙主義によって新たな観念の世界に組み込まれようとしていた時代であった。そこでスミスは、道徳を観念の世界から救うべく『道徳感情論』を上梓(じょうし)したのであった。

 スミスの問題意識は、

《果たして、ある行為が正しいとされ、またある行為は間違いだとされるその根拠はどこにあるのだろうか。つまり道徳の「一般的規則」はどこから発生するのだろうか》(同)

というものであった。

《あらゆる行為は通常それなりの動機をもち、またその対象あるいは帰結に対して一定の関係をもっているだろう。端的にいえば、行為には動機と結果がある。そこで行為の動機をうみだすものを「情念」だとすれば、ここで問題となるのは、行為をうみだす情念と、行為の帰結との間の関係だということになる。そして、この関係がうまくいっているかどうかを指す概念がとりあえずは「適宜性」(propriety)にほかならない》(同、p. 61)

It has already been observed, that the sentiment or affection of the heart, from which any action proceeds, and upon which its whole virtue or vice depends, may be considered under two different aspects, or in two different relations: first, in relation to the cause or object which excites it; and, secondly, in relation to the end which it proposes, or to the effect which it tends to produce: that upon the suitableness or unsuitableness, upon the proportion or disproportion, which the affection seems to bear to the cause or object which excites it, depends the propriety or impropriety, the decency or ungracefulness of the consequent action; and that upon the beneficial or hurtful effects which the affection proposes or tends to produce, depends the merit or demerit, the good or ill desert of the action to which it gives occasion. – Adam Smith, The Theory of Moral Sentiments, Part II Of Merit and Demerit; or, of the Objects of Reward and Punishment Consisting of Three Parts: Section I Of the Sense of Merit and Demerit

(如何なる行動もそこから生じ、その美徳や悪徳全体が左右される心情は、2つの異なる側面ないしは2つの異なる関係、すなわち、先ずその感情を引き起こす原因または対象に関係して、次にその感情が提示する目的ないしその感情が生み出しがちな影響に関係して検討できるかもしれないということ、その感情が、それを引き起こす原因や対象に対して適切か不適切か、釣り合っているか不釣り合いであるかによって、結果としての行動の適切さや不適切さ、見苦しくないか見苦しいかが決まるということ、その感情が齎(もたら)す効果が有益か有害かによって、その感情が切っ掛けとなった行動の長短、功罪が決まるということは既に述べた通りである)― アダム・スミス『道徳感情論』第2部 功罪について、あるいは、3つの部分から成る褒章または処罰の目的について 第1章 功罪の感覚について

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