ル・ボン『群衆心理』(9) ~時~

民族の根本的な任務は、過去の制度を少しずつ改めつつも、それを保存することでなければならない。(ル・ボン『群集心理』(講談社学術文庫)櫻井成夫訳、p. 103)

 今ある<制度>を破壊すれば、自動的に新たな<制度>が生まれるわけではない。一から努力して新たな<制度>を作らなければならないのである。が、たとえ新たな<制度>が出来たとしても、その<制度>が前の<制度>よりも優れている保証はどこにもない。

 さらに、今ある<制度>が破壊されれば、新たな<制度>が出来るまでの間、社会の秩序は失われ混乱を来(きた)す。それを避けようとすれば、今ある<制度>を徐々に変えていくしかない。だから、今ある<制度>を保持するにあたって、何をどう改めるのかを考え続けることが重要となるのである。

われわれの魂のなかに君臨する眼に見えぬ支配者である伝統は、どんな人為の力からもまぬかれて、ただ、幾世紀にもわたる緩慢な消耗作用に屈するだけである。(同、p. 104

 実に保守的な考え方である。

 時は、群衆の意見や信念を準備し、つまり、それらが発生する地盤を用意する。その結果、ある時代には実現できる思想が、他の時代にはもはや実現できないということになる。時は、信念や意見の厖大な残片をたくわえ、その上に時代の思想が生れるのである。この思想は、行き当りばったりに、でたらめに発生するのではない。その根元は、永い過去のうちにひそんでいる。この思想が開花するときには、時が、その出現をすでに用意していたのである。従って、思想の発生を理解するには、常に過去へさかのぼらねばならない。ある時代の思想は、過去の娘であり、未来の母であって、常に時の奴隷である。(同、p. 106

 「過去があるから今がある」。この時間感覚を持つか否かで考え方が大きく異なってくる。革命は過去を顧(かえり)みない。だから出たとこ勝負にしかならない。

 今を破壊しても新たな今が生まれるだけである。今を生み出す過去は変えられないし変わらない。革命家はそれに気付かない。

 今をよく生きるためには清濁(せいだく)併せ持つ過去をしっかり理解することが必要である。歴史に刻まれた民族の記憶に学ぶことである。

時こそは、われわれの真の支配者である。そして、あらゆる事象の変化を見るには、時の力を自由に働かせればよい。今日、われわれは群衆の険悪な願望に、予想される破壊と動乱とに、大いに不安を感じている。時のみが、独力で均衡回復の役目を引き受けるであろう。ラヴィッス氏が次のように書いているが、これは、至極もっともなことである。すなわち、「どんな制度も一日で成立したものはない。政治上、社会上の組織は、数世紀をも要する事業である。封建制度は、その法則を発見するまでには、数世紀のあいだ、まだ形の定まらない混沌(こんとん)の状態にあった。絶対君主制もまた、正規の統治方針を発見するまでには、数世紀をけみした。そして、このような待機の時期には、非常な動乱があった」と。(同、p. 107

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