ハイエク『隷属への道』(25) 全体主義は独裁者と民衆の合作
民主主義的諸制度の抑圧と全体主義体制の創設に先立ってどのような状況が存在したか…その段階で支配的であった政治的要素は、迅速で決意ある行動を政府に求める広汎な要求であった。つまり、ある行動を起こすために様々な行動が要求されるという、遅々として厄介な過程を要する民主主義的手続きへの不満が、支配的であった(ハイエク『隷属への道』(春秋社)西山千明訳、p. 177)
全体主義は、独り独裁者が登場することによって生まれるのではない。地道な変革の積み重ねよりも一気に変革を進めたがる、堪え性の無い民衆が独裁者を呼び込むことなしに全体主義は生まれはしない。そして全体主義が生まれる前兆が遅々として煮え切らぬ政治に対する民衆の不満なのである。
人々の多くを魅了するようになったのは、「事を処理する」のに十分強力で断固とした指導者ないし政党が必要だという考えであった。ここで言う「強力」とは、単なる数字上の多数派を意味しない。そもそも国会の多数派がまったく役立たないことこそ、人々が不満に思っていたのである。人々が求めていたのは、強固な支持を結集して、意図したことを何でも実現できてしまうような信頼のおける人物の出現であった。まさにこういう状況によって、新しいタイプの、軍隊的な組織を持った政党が登場してきたのであった。(同)
ハイエクはナチスドイツを念頭に置きこのように書いたに違いない。一方、私には大阪維新がある。
全国民に全体主義体制を押しつけることができるためには、指導者がまず最初に、自分のまわりに全体主義的原理に進んで従う意志のある人々を結集できなければならない。そしてこの人々が、力ずくでその原理を、他の人たちに押しつけていくのである。(同、p. 178)
これは雪だるまの作り方と同じであろう。まず、中心となる雪玉を作り、これを転がしながら雪玉を大きくしていくのである。大事なのは、中心部分の重厚さによって生まれる「求心力」である。
社会主義は、大半の社会主義者が決して容認しないような方法によってしか実現されえないということは、言うまでもなく、過去の多くの社会改革家が学んできた教訓である。古いタイプの社会主義政党は、彼ら自身が持っていた民主主義的な理念によって抑制されていたし、自らの任務を実現するのに必要な冷酷さを持ち合わせてもいなかった。(中略)
ところが新しいタイプの社会主義政党は、計画社会で問題となるのは多数の合意などではなく、すべての事柄を一つに方向づけられるほど構成員の間で十分な合意が存在している最大のグループはどれであるか、あるいは、そういったグループのどれもが主張を実行できるほど大きくない場合には、どうやれば、また誰が、それを作り出せるか、ということなのだと十分に知り尽くしていた。(同、pp. 178-179)
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