オークショット『政治における合理主義』(17) 合衆国建国
革命のずっと以前から、アメリカ入植者たちの精神傾向、つまり支配的な知的性格と政治習慣は、合理主義的であった。そしてこのことは、憲法関係の諸文書と個々の植民地の歴史に、明確に反映されている。また、これら各植民地が「それらを相互に結び付けていた政治的靭帯を解」いて、各々の独立を宣言するに至った時、この政治習慣が外部から受け取った唯一の新鮮なインスピレーションは、その土着の性格をあらゆる点で再確認するものであった。なぜなら、ジェファーソンや他のアメリカ独立を基礎づけた人たちのインスビレーションは、ロックがイギリスの政治的伝統から蒸留したイデオロギーだったからである。(オークショット『政治における合理主義』(勁草書房)嶋津格訳、p. 28)
Sect. 4. To
understand political power right, and derive it from its original, we must
consider, what state all men are naturally in, and that is, a state of perfect
freedom to order their actions, and dispose of their possessions and persons,
as they think fit, within the bounds of the law of nature, without asking
leave, or depending upon the will of any other man. A state also of equality,
wherein all the power and jurisdiction is reciprocal, no one having more than
another – John Locke, Second Treatise of Government
(政治権力を正しく理解し、その原点から導き出すためには、すべての人間が本来どのような状態にあるのか、すなわち、自然の法則の範囲内で、他の人間の許可を求めたり、その意思に依存したりすることなく、自らの行動を命じ、自分の所有物や人物を自分の思うままに処分する完全に自由な状態を考えねばならない。また、すべての権力と権限が相互的で、他人より多くのものを持つものは誰もいない平等な状態を)
ロックの言う<完全な自由>や<平等>は、夢物語である。否、考えるだけなら問題はない。が、これを現実世界に持ち込んでしまったのが「合衆国独立」というものであった。
彼らは、社会の適切な組織化とその運営は抽象的原理群に基づくのであって、ハミルトンが言ったように「古い羊皮紙やかび臭い記録の中を探し回らねばならないような」伝統に基づくのではない、と信じる傾向があったし、実際、旧世界の住人に可能であったよりももっと全面的にそれを信じたのである。(同)
新天地において、何の遠慮もなく合理的な社会を構築せんとしたのが合衆国の建国であったのである。
その原理群は、文明の産物なのではなかった。それは「人間本性の全巻の内に書かれて」おり、自然のものであった。それは、人間理性によって、つまりすべての人間に同じく可能でそれを使うのに特別の知性を要しない探究の技術によって、発見されるべきものであった。さらに、この探究の技術の適用によってこれら抽象的原理が、その多くは最近になって、発見され、本の中に書かれていたので、この世代は、それ以前のどんな世代よりも有利であった。そしてこれらの本を使うことにより、新たに形成された政治社会は、伝統の欠如によるハンディを負わないだけでなく、慣習の鎖からまだ完全には解放されていないもっと古い社会よりも積極的に優越することになった(同、pp. 28-29)
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