オークショット「ホッブズの著作における道徳的生」(32)<義務>という言葉に相応しい用法

むろんホップズにとっては、自分自身の利益に反する行為(つまり、万人の万人に対する戦いを求める努力)の義務などありえなかったということは事実である。しかしそれだからといって、平和を求めるその努力が常に義務でなければならないわけではない。要するに、かりにホップズが「国法に従うべき義務が存在する。なぜなら国家の臣民にとってそれは本当の意味での法だからだ。しかし国の主権者を設定する契約あるいは承認を行い保持すべき独立の義務は存在しない」と述べたのだと理解するとしても、ホップズが何か本質的にばかげたことを言ったと理解することにはならない。

彼は単に、「『義務』という言葉にはふさわしい用法がある。しかし国家をまとめるのは『義務』ではなくて(ただしたとえば反逆罪を禁ずる法律が課する義務を除く)、理性の教えを受けた自己利益か、高貴さである。高貴さはあまりにも誇りが高いので、自分の命令を実現する力を欠いた『主権者』に従うことによっていかなる損失を受けるかもしれないかを計算しない」と言ったと認められているのである。(オークショット「ホッブズの著作における道徳的生」(勁草書房)、pp. 326-327

 ホッブズは『リヴァイアサン』の結論部分で次のように述べている。

To the Laws of Nature, declared in the 15. Chapter, I would have this added, “That every man is bound by Nature, as much as in him lieth, to protect in Warre, the Authority, by which he is himself protected in time of Peace.” For he that pretendeth a Right of Nature to preserve his owne body, cannot pretend a Right of Nature to destroy him, by whose strength he is preserved: It is a manifest contradiction of himselfe. And though this Law may bee drawn by consequence, from some of those that are there already mentioned; yet the Times require to have it inculcated, and remembred. -- Thomas Hobbes, LEVIATHAN: A REVIEW, AND CONCLUSION

(第15章で示された自然法に、次のことを付け加えたい。「あらゆる人が、自分の中にあるものと同じくらい、平和の時に自分が守られている権威を、戦時において守るよう、自然によって縛られている。」というのは、自分の体を守る自然の権利を偽装する者は、その力によって守られている者を破壊する自然の権利を偽装できないからである。それは明らかに自家撞着である。この法則は、既述の法則の幾つかから結果的に導き出されるかもしれないけれども、時代はこれが教えられ、覚えておかれることを必要としているのである)―ホッブズ『リヴァイアサン』再考と結論

ホップズにとって理性的な振舞いとは平和を求める努力であり、そしてこれは本当の意味での法が命令するときに義務になるだけだ、と主張される。さらに、国法は本当の意味での法であり、そしてそれだけが本当の意味での法であり(そう考えることが適切であるのは、それが何らかの他の高次の、国法と同様に本物の法の反映であるからではなく、単にそれが作られ、公布され、権威をもって解釈される仕方によるにすぎない)、そしてその臣民に平和を求める努力を命ずるのだから、臣民は「平和を求める努力」の義務(他の状況にある人々は負わない義務)を負っている。

しかし――と反論される――これは事態の正確な説明ではない。ホップズにとってさえも、国法が命ずることは、単に人が「平和を求めて努力する」ことではなくて、彼が特定の行為を遂行し他の行為を抑制することである。法を破る者が法の命ずることを行うのを怠り、法の禁ずることをするならば、彼が「私は平和を求めて努力している」と言ったところで弁明にはならない。(同、p. 327

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