ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』(86)エビメテウス、プロメテウスの神話 その2
プロタゴラスの話は続く。
それから今度は、身を養う糧(かて)として、それぞれの種族にそれぞれ異なった食物を用意した。あるものには地から生ずる草をあたえ、あるものには樹々の果実を、あるものにはその根をあたえた。ほかの動物の肉を食物とすることをゆるされた種族もある。そしてこの種族に対しては、少しの子供しか産むことをゆるさず、他方、これらの餌食となって減って行くものたちには、多産の能力を賦与(ふよ)して種族保存の途(みち)をはかったのである。
さて、このエビメテウスはあまり賢明ではなかったので、うっかりしているうちに、もろもろの能力を動物たちのためにすっかり使いはたしてしまった。彼にはまだ人間の種族が、何の装備もあたえられないままで残されていたのである。彼はどうしたらよいかと、はたと当惑した。困っているところへ、プロメテウスが、分配を検査するためにやってきた。みると、ほかの動物は万事がぐあいよくいっているのに、人間だけは、はだかのままで、履くものもなく、敷くものもなく、武器もないままでいるではないか。一方、すでに定められた日も来て、人間もまた地の中から出て、日の光のもとへと行かなければならなくなっていた。
かくてプロメテウスは、人間のためにどのような保全の手段を見出してやったものか困りぬいたあげく、ついにヘパイストスとアテナのところから、技術的な知恵を火とともに盗み出して――というのは、火がなければ、誰も技術知を獲得したり有効に使用したりできないからである――そのうえでこれを人間に贈った。ところで、生活のための知恵のほうは、これによって人間の手にはいったわけであるが、しかし国家社会をなすための知恵はもたないままでいた。それはゼウスのところにあったからである。プロメテウスにはもはや、ゼウスのすまうアクロポリスの城砦(じょうさい)にはいって行く余裕はなかったし、それに、ゼウスをまもる衛兵も、おそるべき者だった。ただ彼は、アテナとへバイストスが技術にいそしんでいた共同の仕事場へひそかに忍びこんで、へバイストスの火を使う技術と、アテナがもっていたそのほかの技術を盗み出し、これを人間にあたえたのである。このことから、人間には生存の途がひらけたけれども、プロメテウスは、エビメテウスのおかげで、伝えられるところによると、のちに窃盗(せっとう)の罪で告発されることになったというはなしである。(「プロタゴラス」藤沢令夫訳:321B-322A:『プラトン全集8』(岩波書店)、pp. 137ff)
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