ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』(88)学問は論争的

 哲学をも含めて、学問はその本性として論争的なものである。そして論争的なものはまた、闘技的なものと切り離すことはできない。大きな新しい事物が現われる時代には、たいていそこに闘技的因子が強く前面に浮かび上ってくるものである。例えば、自然科学が輝かしい興隆発展を遂げて新たな分野を征服しはじめ、古代と信仰の権威に手をつけだした17世紀がそうであった。すべてのものが同志的結合や党派に分裂するということが、限りなく繰り返された。人々はデカルト主義者となるのでなければ、その体系の反対者となり、また〈古代〉の側に立つのでなければ、〈現代〉に味方した。その上、学界から遠くへだたった場所でさえ、人々はニュートンを是非し、地球の扁平説とか種痘とかに是非の論をたたかわせた。(ホイジンガ『ホモ・ルーデンス』(中央公論社)高橋英夫訳、p. 267)

 時代が移り変わり、価値観が揺れ動くとき、人々はあらたな時代の真善美を模索するために論争的になるのだ。

 18世紀は各国の知識人たちの活発な精神的交流を見た時代である。ただ、当時の手段方法に限界があったために、カオス的氾濫に決潰するのは防がれていたものの、それでも18世紀は、最高度に激しいペン論争の時代とならずにはいなかった。音楽、鬘(かつら)、軽薄な合理主義、ロココの優雅さ、サロンの魅惑などと共に、これらのペンの闘いが、18世紀に特に明瞭に姿を現わしたことは、誰にも否定できないことだ。しかもそれは、われわれとしては時々嫉妬したくなるような、広い一般的な意味での遊戯性の本質的な部分を形成するものであった。(同)

 軍事的「戦闘」(combat)がペンによる「論争」に取って代わられ、鎬(しのぎ)を削ることとなった。が、「ペン論争」もまた、争いである限りにおいて、遊戯的性質を持ち合わせていたのである。

 詩の本質の中に、われわれは遊戯要素がかたく繋ぎとめられているのを見出した。また、詩的なものはいかなる形式のものにせよ、非常に強く遊戯の構造、組織と結びついていることも明らかにされた。こうしてみると、この2つのものの内的関連は、まさに解きほぐすことの不可能なものと言わざるをえない。また、その関連の中では、遊戯という言葉、詩という言葉は、それぞれの独立した意味を殆んど見失うおそれさえもある。ところが同様なことが、遊戯と音楽の関連については、いっそう高い程度において言うことができるのである。

楽器をあやつることを〈遊戯する〉と言い表わす言語がいくつかある…結局これは、音楽と遊戯の関係を規定しているのが、深く心理的なものに根ざした本質的関係であることを示す、1つの外的な徴(しるし)として捉えてよいであろう。(同、p. 270)

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