アダム・スミス「公平な観察者」について(1)同情(compassion)
《「社会の秩序を保つもの」とは一体何なのでしょうか? 人間が「正しい行動」をして、「悪い行い」をしないのは、人間の中にある様々な感情が作用しあった結果とスミスは考えました。そしてそれは「同感」というキーワードに凝縮されています》(木暮太一『アダム・スミス ぼくらはいかに働き、いかに生きるべきか』(日経ビジネス人文庫)、 p. 53 ) (注)「同感」:スミスは、 compassion という語を用いている。 com (同じ) passion (感情)ということなので、拙ブログでは「同情」と訳した。 《この「同感」が人間社会の秩序を保っている、とスミスは考えていました。 スミスの道徳観、さらには経済理論を理解するうえで、この「同感(同類感情)」の概念を外すことはできません。スミスのすべてはこの「同感」を前提にしていると言っても過言ではないのです》(同、 pp. 53f ) 「同類感情」に該当する英語は fellow-feeling であって、 compassion と同じ意味と考えるのは少し雑な感じがする。「同類感情」略して「同感」ではない。が、スミスの道徳論の基礎に compassion が置かれていることはその通りであろうと思われる。 《この「同感」は、意味としては「共感」と似ています。しかし、もう少し奥が深い考え方なので、ここから少し丁寧に「同感」の概念をひもといていきます》 人間が如何に利己的だと思われようとも、人間の本性には、他人の幸運に関心を持ち、他人の幸福を見る喜び以外には何も得られないにもかかわらず、その幸福を自分にとって必要なものとする原理があることは明らかである。(スミス『道徳感情論』: 拙ブログ (1) 同情(pity or compassion) 参照 ) 《試験に受かって喜んでいる人がいれば、「やったね! 嬉しいよね!!」と思い、家族や恋人が亡くなった人を見ると「お察しします、さぞかし悲しいでしょう……」と感じる。 また、自分の財産を理不尽に強奪された人が、それを取り戻すために戦っていると、応援したくなる。一方で、理由もなく人を傷つけたり、盗みをはたらく人に対しては、怒りの感情を覚えます。たとえ自分がその「事件」の被害者ではなくても、当事者の気持ちになって同類の感情、怒りや悲しみを覚えるのです。 ...